アンドレアモン

アンドレアモン
欧字表記 Andre Amon[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1979年4月21日[1]
死没 不明
リュウファーロス[1]
メイセツ[1]
母の父 レベルコ[1]
生国 日本の旗 日本青森県五戸町[1]
生産者 三浦牧場[1]
馬主 (株)アモン[1]
調教師 松山康久美浦[1]
競走成績
タイトル 優駿賞最優秀ダートホース(1984年・1985年)
生涯成績 34戦13勝[1]
獲得賞金 1億9281万8000円[1]
勝ち鞍
GIII ウインターS 1984年
GIII フェブラリーH 1985年
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アンドレアモン(欧字名:Andre Amon1979年4月21日 - 不明)は、日本競走馬種牡馬[1]。主な勝ち鞍に1984年ウインターステークス1985年フェブラリーハンデキャップ

競走馬時代

1979年青森県の三浦牧場により生産。アモンの所有馬となり美浦の松山康久厩舎に預託された。

1981年11月中山競馬場ダート1200mの新馬戦で吉永正人鞍上でデビューし、2番人気に支持されるが15着に終わる。翌1982年4月に4戦目で初勝利を挙げた。

400万条件に昇級後はを2戦するが6・7着で、ダートに戻って2勝目を挙げた。800万条件に昇級しても大崩れなく走り、昇級4戦目のダート1800mの競走で勝ち上がり、ダート1800mばかりで3勝目となった。年が明けて1983年1月に門松賞出走、昇級戦ながら2着に入ったが、この後は休養に充てた。

同年7月に800万下に降級となり、復帰初戦の大倉山特別は3着だったものの、続く摩周湖特別で4勝目を挙げると、続く800万下条件戦、南武特別、さらには昇級後の1300万下条件戦まで4連勝を飾り、この年を終えた。

1984年は7月の道新杯で復帰し、タイムス杯で2着となるが、続く自己条件のオクトーバーハンデキャップは久しぶりの芝と2400mが影響したのか10着と大敗を喫する。しかし、その後のカブトヤマ記念では得意距離もあって2着に食い込み、芝でも力を発揮できるところを見せた。

根岸ステークスも2着に入ると、自己条件の霜月賞で8勝目を挙げ、年末のウインターステークスをレコードタイムで勝って重賞初勝利となり、優駿賞最優秀ダートホースに選出された。さらに年が明けて1985年も勢いは止まらず、アレキサンドライトステークス、フェブラリーハンデキャップ、京葉ステークスと5連勝となった。フェブラリーハンデキャップではトップハンデの58.5kg、京葉ステークスでは60.5kgという重い斤量を背負いながらの勝利であり、充実ぶりを物語っている。

しかし、これ以降は出走する度に重い斤量を背負うこととなり、タイムス杯では61.5kgという酷とも言える斤量ながら13勝目を挙げたが、これが最後の勝利となってしまう。

年末にはウインターステークス連覇を賭けて出走、1番人気に推されたものの4着が精一杯だった。この年も最優秀ダートホースに選出されている。

1986年のフェブラリーハンデキャップは62kgと、これまでで一番重い斤量で出走となり6着に終わる。このレースを最後に現役を引退することとなった。

年度別競走成績

  • 1984年
    • 1着 - ウインターステークス
    • 2着 - タイムス杯、カブトヤマ記念、根岸ステークス
  • 1985年
    • 1着 - アレキサンドライトステークス、フェブラリーH、京葉ステークス、タイムス杯

種牡馬時代

引退後は種牡馬入りした。1989年産のローリエアンドレが1993年のウインターステークスを制し、産駒の重賞初制覇、かつウインターステークスの親子制覇を達成した。

種牡馬引退後は2003年の時点では功労馬繋養展示事業における助成金交付を受けて生まれ故郷の三浦牧場で余生を過ごしていた[2]が、2004年度より助成対象から外れており[3]、その後の詳細は不明。

主な産駒

  • 1989年産
    • ローリエアンドレ(ウインターステークス)[4]

血統表

アンドレアモン血統(ボワルセル系/Tourbillon(Diademe)5×5=6.25%) (血統表の出典)

リュウファーロス
1963 鹿毛
父の父
*ヒンドスタン
Hindostan
1946 黒鹿毛
Bois Roussel Vatout
Plucky Liege
Sonibai Solario
Udaipur
父の母
*ドルガ
Dolga
1955 栗毛
*ガルカドール
Galcador
Djebel
Pharyva
Gallixene Jock
Albarelle

メイセツ
1971 鹿毛
*レベルコ
Rebelco
1964 黒鹿毛
Tanerko Tantieme
La Divine
Relance Relic
Polaire
母の母
ニットウホープ
1963 黒鹿毛
*ライジングフレーム
Rising Flame
The Phoenix
Admirable
スズキホープ *ブツフラー
クインナルビー F-No.7-d


4代母クインナルビーは1953年秋の天皇賞(秋)優勝馬。オグリキャップキョウエイマーチの母系祖先としても有名である。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o “アンドレアモン”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年7月6日閲覧。
  2. ^ https://web.archive.org/web/20030801205147/http://www.b-t-c.or.jp/btc_p500/main.html
  3. ^ https://web.archive.org/web/20040604011139/http://www.b-t-c.or.jp/btc_p500/p500_02.html
  4. ^ ローリエアンドレ(JPN) - JBISサーチ、2022年8月16日閲覧。

外部リンク

  • 競走馬成績と情報 netkeiba、スポーツナビ、JBISサーチ
   

国際競走指定前:
01回(1984年) ロバリアアモン
02回(1985年) アンドレアモン
03回(1986年) ハツノアモイ
04回(1987年) リキサンパワー
05回(1988年) ローマンプリンス
06回(1989年) ベルベットグローブ
07回(1990年) カリブソング
08回(1991年) ナリタハヤブサ
09回(1992年) ラシアンゴールド
第10回(1993年) メイショウホムラ
第11回(1994年) チアズアトム
第12回(1995年) ライブリマウント
第13回(1996年) ホクトベガ
第14回(1997年) シンコウウインディ

第15回(1998年) グルメフロンティア
第16回(1999年) メイセイオペラ
第17回(2000年) ウイングアロー
第18回(2001年) ノボトゥルー
第19回(2002年) アグネスデジタル
第20回(2003年) ゴールドアリュール
第21回(2004年) アドマイヤドン
第22回(2005年) メイショウボーラー
第23回(2006年) カネヒキリ

国際競走(G1)指定後:
第24回(2007年) 日本の旗 サンライズバッカス
第25回(2008年) 日本の旗 ヴァーミリアン
第26回(2009年) 日本の旗 サクセスブロッケン
第27回(2010年) 日本の旗 エスポワールシチー

第28回(2011年) 日本の旗 トランセンド
第29回(2012年) 日本の旗 テスタマッタ
第30回(2013年) 日本の旗 グレープブランデー
第31回(2014年) 日本の旗 コパノリッキー
第32回(2015年) 日本の旗 コパノリッキー
第33回(2016年) 日本の旗 モーニン
第34回(2017年) 日本の旗 ゴールドドリーム
第35回(2018年) 日本の旗 ノンコノユメ
第36回(2019年) 日本の旗 インティ
第37回(2020年) 日本の旗 モズアスコット
第38回(2021年) 日本の旗 カフェファラオ
第39回(2022年) 日本の旗 カフェファラオ
第40回(2023年) 日本の旗 レモンポップ
第41回(2024年) 日本の旗 ペプチドナイル

優駿賞
JRA賞
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代