井原健太郎

井原 健太郎
いはら けんたろう
内閣府地方創生推進室より公表された肖像
生年月日 (1974-07-28) 1974年7月28日(49歳)
出生地 日本の旗 日本 山口県熊毛郡田布施町
出身校 早稲田大学政治経済学部
前職 平岡秀夫衆議院議員秘書
所属政党 (無所属→)
自由民主党

当選回数 4回
在任期間 2009年3月28日 - 現職
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井原 健太郎(いはら けんたろう、1974年昭和49年〉7月28日[1] - )は、日本政治家山口県柳井市長(4期)。

概要

山口県熊毛郡田布施町生まれ。生家は建築会社経営。山口県立熊毛南高等学校早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、2年間アメリカ合衆国に留学。2003年より民主党の平岡秀夫衆議院議員の秘書を務める。

2007年山口県議会議員選挙に柳井市選挙区(定数1)から無所属(民主党推薦)で出馬。8,758票を獲得するも、自由民主党公認の現職長谷川忠男に敗れ、落選した。同年5月より平岡秀夫の秘書に復職。

2008年12月15日、翌年の柳井市長選挙に出馬するため、平岡秀夫衆議院議員事務所を退職。2009年3月1日投開票の柳井市長選挙に無所属で出馬し、12,491票を獲得。かつて県議選で争った長谷川忠男を破り、初当選した。市長選挙では平岡秀夫衆議院議員の他、長谷川に反発する保守系の市議会議員や、引退を表明した河内山哲朗柳井市長からも支援を受けており、保守分裂選挙となった。3月28日、柳井市役所に初登庁し、正式に市長に就任した[2]

2013年の柳井市長選挙は2月17日に告示されたが、井原以外に立候補を届け出た者がいなかったため、無投票で再選[3]

2017年、元会社役員の新人を破り3選[4]

2021年2月28日投開票の同選挙で元証券会社社員の下村太郎を282票の僅差で破り4選。

前述の通り、活動開始当初は平岡秀夫の秘書を務めたり、非自民の枠組みで柳井市長に当選したが、その後は自民党への傾斜を強めており、2017年には自民党に入党している[5]

脚注

  1. ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、358頁。
  2. ^ “井原柳井新市長初登庁「市民参加の市政へ」”. 山口新聞. (2009年3月28日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2009/0328/5p.html 2015年3月10日閲覧。 
  3. ^ “柳井市長に井原氏再選 8年ぶり無投票で”. 山口新聞. (2013年2月18日). http://www.minato-yamaguchi.co.jp/yama/news/digest/2013/0218/1p.html 2015年3月10日閲覧。 
  4. ^ “柳井市長選 井原健太郎氏が3選”. 毎日新聞. (2017年2月26日). https://mainichi.jp/senkyo/articles/20170227/k00/00m/010/072000c 2018年4月24日閲覧。 
  5. ^ “山口県内の首長、全て自民党員 入党相次ぐ「保守王国」 首長「仕事進めやすい」/野党「多様さ反映せず”. 中国新聞. (2018年12月26日). https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/67820 2021年10月10日閲覧。 

外部リンク

  • 井原健太郎ホームページ[リンク切れ]
  • 市長の部屋 - 柳井市ホームページ
公職
先代
河内山哲朗
柳井市章 山口県柳井市長
2009年 -
次代
現職
旧柳井市長
  • 中本源一1954.5.19-1957.4.8
  • 福田五郎1957.5.12-1965.5.11
  • 久甫侃1965.5.12-1973.1.11
  • 白地照彦1973.2.22-1993.2.21
  • 河内山哲朗1993.2.22-2005.2.20
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