狩野舞子

狩野 舞子
Maiko Kano
2012年ロンドンオリンピック
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-07-15) 1988年7月15日(35歳)
出身地 東京都三鷹市
ラテン文字 Maiko Kano
身長 185cm
体重 68kg
血液型 A型
選手情報
愛称 マイコ
ポジション WS→S→WS
指高 239cm
利き手
スパイク 305cm
ブロック 291cm
獲得メダル
日本の旗 日本
オリンピック
2012 女子バレーボール
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狩野舞子
里崎智也YouTubeチャンネルにて(2022年)
YouTube
チャンネル
  • マイコチャンネル 【狩野舞子公式チャンネル】
活動期間 2020年7月10日 -
登録者数 10.1万人
総再生回数 約2千76万回
チャンネル登録者数・総再生回数は
2023年12月06日時点。
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狩野 舞子(かのう まいこ、女性、1988年7月15日 - )は、日本の元バレーボール選手。東京都三鷹市出身。ニックネームはマイコマネジメント契約先はスポーツビズ

来歴

父親は中央大学から実業団で活躍したバレーボールの名選手、母親は八王子実践高校から東京女子体育大学で活躍した選手、次姉の狩野美雪も選手というバレーボール一家で育ち[1]、自身も三鷹市立第四小学校[2]4年生の時に三鷹市の大沢スポーツクラブでバレーボールを始める。幼稚園の頃から頭一つ大きく、小学6年生の時には既に身長が174cmあった[3]

八王子実践中時代には、全国都道府県対抗中学バレーボール大会の東京都代表に選ばれ、中学3年生でアテネオリンピック全日本代表候補18人の中の一人に選ばれた(中学生が選ばれたのは中田久美以来24年ぶり)。しかし、成長期であるこの頃から、骨の成長に背中の筋肉の発達が追いつかないことが原因である腰痛に苦しむことになり、結局アテネオリンピックの代表になることはできなかった。八王子実践高校に進学後、1年生エースとして春高バレー等で活躍、2年生からはキャプテンとして常に腰痛と戦いながらチームを率いた。

2007年に美雪が所属する久光製薬スプリングスに入団。2007/08プレミアリーグでは開幕戦スタメンデビューを果たしたが、2008年2月23日の日立佐和戦で右アキレス腱断裂のケガを負い、2008年度全日本代表候補入りはできなかった。2009年4月、全日本女子代表メンバーに登録された。

2010年1月20日、左アキレス腱を断裂。7月に久光製薬を退団し、怪我の治療に専念することになる。同年8月30日、スポーツビズとマネジメント契約を締結[4]。9月、全日本代表に追加選出された。

2010年11月11日、イタリア1部リーグ・セリエA1「パヴィーア(イタリア語版)」に入団し、同月27日の開幕戦でセリエA1デビューを果たした。

2011年6月のモントルーバレーマスターズで2年ぶりに全日本に復帰し、同大会で日本の初優勝に貢献。同年10月、トルコリーグベシクタシュに移籍した[5]

2012年6月、ロンドンオリンピックの代表メンバーに選出された[6]。本大会で全日本女子は28年ぶりの銅メダルを獲得したが、狩野舞子自身の大会通算総得点は3点、スパイク効果率-27%に終わった。同月末、契約満了のためベシクタシュを退団[7]

2012年9月15日、2年振りとなる久光製薬への復帰とセッターへのポジション転向が発表された[8]

2015年6月30日、久光製薬は引退を発表[9]

2016年1月に全日本バレーボール高等学校選手権大会(通称:春の高校バレー)のフジテレビの中継で解説を担当した[10]。同年7月、V・プレミアリーグに昇格したPFUブルーキャッツに入団しスパイカーとして現役復帰[11]

2018年4月23日、PFUは引退を発表[12]。5月2日の黒鷲旗グループリーグ・金蘭会戦が現役最後の試合となった[13]

人物

犬を飼っており、インスタグラムに載せたりしている[14]

球歴

所属チーム

受賞歴

  • 2009年 - 第58回黒鷲旗全日本選抜バレーボール大会 敢闘賞、ベスト6
  • 2012年 - 上月スポーツ賞[15]

個人成績

Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り[16]

シーズン 所属 出場 アタック ブロック サーブ レセプション 総得点 備考
試合 セット 打数 得点 決定率 効果率 決定 /set 打数 エース 得点率 効果率 受数 成功率
2007/08 久光製薬 17 66 219 84 38.4% % 18 0.27 197 15 7.61% 17.4% 134 65.7% 117
2008/09 20 72 492 174 35.4% % 22 0.31 246 15 6.10% 12.3% 154 73.4% 211
2009/10 4 1 2 0 0.0% % 0 0.00 1 0 0.00% 25.0% 0 0.0% 0
2012/13 28 24 2 0 0.0% % 0 0.00 17 0 0.00% 10.3% 0 0.0% 0
2013/14 26 68 1 1 100.0% % 5 0.07 59 2 3.39% 13.3% 1 0.0% 8
2014/15 3 2 0 0 0.0% % 0 0.00 3 0 0.00% 8.3% 0 0.0% 0
2016/17 PFU 19 57 166 49 29.5% % 5 0.09 123 6 % 14.3% 163 65.0% 60

アドバイザリースタッフ契約先

脚注

  1. ^ 「母が語るマイコ」『月刊バレーボール』、日本文化出版、2009年10月、14頁。 
  2. ^ 三鷹市ホームページ(広報みたか・2012年7月15日)
  3. ^ 2009年8月2日のジャンクSPORTSで発言。
  4. ^ “狩野舞子選手(女子バレーボール)とマネジメント契約締結のご報告”. スポーツビズ (2010年8月30日). 2013年11月30日閲覧。
  5. ^ “Maiko Kano Beşiktaşımız’da” (トルコ語). ベシクタシュ (2011年10月19日). 2013年11月30日閲覧。
  6. ^ “女子日本代表選手12名決定! 第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)”. 日本バレーボール協会. 2012年6月25日閲覧。
  7. ^ “狩野、来季の所属まだ決まらず…/バレー”. SANSPO.COM (2012年8月30日). 2012年9月1日閲覧。
  8. ^ “狩野舞子選手復帰のお知らせ” (PDF). 久光製薬スプリングス (2012年9月15日). 2012年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月30日閲覧。
  9. ^ 久光製薬スプリングス. “退部選手のお知らせ”. 2015年6月30日閲覧。
  10. ^ 全日本バレーボール女子の今日、そして明日(2016年1月6日)
  11. ^ PFUブルーキャッツ. “新加入選手のお知らせ”. 2016年7月22日閲覧。
  12. ^ PFUブルーキャッツ. “退団選手のお知らせ”. 2018年5月6日閲覧。
  13. ^ “狩野舞子が涙のラスト試合、コートで仲間から胴上げ”. 日刊スポーツ. (2018年5月2日). https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180502-00196628-nksports-spo 2018年5月6日閲覧。 
  14. ^ “元バレー代表の狩野舞子さん「愛しい存在」「いつだって表情を崩さない男」との2ショット披露”. 日刊スポーツ (2023年6月27日). 2023年6月27日閲覧。
  15. ^ “2012年度「上月スポーツ賞」表彰式”. 上月財団. 2023年10月26日閲覧。
  16. ^ Vリーグ機構. “選手別成績”. 2017年2月1日閲覧。

参考文献

  • 「V・プレミアリーグ女子選手名鑑 久光製薬スプリングス」『Vリーグ観戦ガイドブックV.LEAGUE2013/14【チームの顔】月刊バレーボール12月号臨時増刊』、日本文化出版、33頁。 

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、狩野舞子に関連するカテゴリがあります。
  • 狩野舞子 - Olympedia (英語)Edit on Wikidata
  • 狩野舞子 - Sports-Reference.com (Olympics) のアーカイブ (英語)Edit on Wikidata
  • 狩野舞子 - セリエA (イタリア語)Edit on Wikidata
  • 狩野舞子|久光製薬スプリングス - メンバー紹介 - ウェイバックマシン(2015年5月11日アーカイブ分)
  • スポーツビズ 狩野舞子公式プロフィール
  • 狩野舞子 - ウェイバックマシン(2011年1月26日アーカイブ分) - Ameba Blog
  • マイコチャンネル 【狩野舞子公式チャンネル】 - YouTubeチャンネル
  • Maiko Kano🍥 (@kanochan715) - X(旧Twitter)
  • Maiko Kano🍡狩野舞子 (@kanochan715) - Instagram
 
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